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    2017-12-08 22:25:34 | おーい!中村です!!

大田の縄文、弥生時代






先日、鳥井町鳥越の御堂谷遺跡を見せてもらった。

山陰道の建設工事に伴って発掘調査が行なわれている遺跡で、現地説明会後には新聞等でも報道されたところだ。

発掘現場まで上がってみるとなだらかな南向き斜面で、周囲の木立がなければさぞや見晴らしが良い場所だと思われた。あいにく天気が悪かったが、晴れた日には三瓶山も見えるらしい。

弥生時代から古墳時代を中心に奈良〜平安時代までの建物跡が見つかっているとのことで、長らくこの丘の上に人々が暮らしていたことがうかがわれる。また、縄文時代のものとみられる落とし穴もいくつか見つかっているということなので、この丘での人の暮らしは2000年以上にも及ぶのかも知れない。

これまで、大田市では原始〜古代の人々の暮らしについてはあまり詳しくわかっていなかったが、ここ数年、山陰道のおかげでいくつもの遺跡が発掘調査され、一気に情報が蓄積されてきている。

実はこれまでも全く情報がなかったわけではなく、20年前に発掘調査された鳥井南遺跡という弥生時代を中心とした集落遺跡がある。社会科の副読本でも紹介されていたので知ってはいたが、これが相当重要な遺跡であることをこのたび初めて知った。一連の丘の上にある御堂谷遺跡が調査されたことで鳥井南遺跡の意義の再評価も行われることだろう。もしかしたら、鳥井と長久の境にある丘にはかつて大集落が存在してたのかも知れないという想像も膨らむ。

鳥井南遺跡のような過去の調査結果とあわせて、山陰道関連の調査成果を評価することで、大田市の原始〜古代がかなり具体的に語ることができるようになるだろう。山陰道関連は、まだ発掘段階や遺物整理中の遺跡が多いため、全体像を検討できるのは数年後になるかも知れないが、その時には出土品とともに成果を発表する機会を作ってくれることを期待したい。

あいにく、大田市には考古遺物を一堂に展示できる博物館施設がないけれど、学校の空き教室を使ってもいいかも知れない。なんなら、空き教室をそのまま「学校博物館」にすれば、子どもたちの地域学習にも使えるのだが、なんてことも考えている。

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・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
・職業   大田の自然史案内人

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