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    2017-11-28 21:20:22 | おーい!中村です!!

三島清右衛門の墓を見る




石見銀山旧記が伝える銀山発見伝承で、神屋寿禎とともに登場する人物に三島清右衛門がいる。


銀峯山(仙ノ山)に光を見た寿禎は、出雲鷺浦の銅山主、三島清右衛門にその話をしたところ、清右衛門はその光は白銀でないかと言った。その後、大永6年に寿禎と清右衛門は銀峯山に登り、銀を採ったと書かれている。
旧記には、清右衛門の箇所には注釈があり、田儀の住人であると書かれている。

その三島清右衛門の墓が田儀にあるというので、見に行った。
田儀の住人と書かれた三島清右衛門の墓が、田儀にあるとは興味深い。


墓は藪に囲まれた一角にあった。かなり大型の墓で良い状態で残っている。
逆修墓と言われるもので、生前に作られた墓とのこと。
三方に文字が刻まれ、正面には三島清右衛門の文字が確かに読める。


そして、年号がある。


そこに書かれている文字は慶長五年。


関ヶ原の戦いの年。
銀山旧記の大永6年とは74年の時間差がある。
銀山旧記に登場する三島清右衛門とは4世代程度の時間差に相当する。

生前に作った逆修墓ということなので、後世に故人を偲んで建てたものではない。


とすれば、この三島清右衛門は何者か。


単なる同姓同名か。


清右衛門の名は世襲で、旧記の清右衛門の子孫なのか。


あるいは、旧記が書かれた時、時代のずれを無視して、鉱山関係の有力者だった(?)三島清右衛門を神屋寿禎の相方として登場させてしまったのか。


墓は旧記登場人物の子孫のものと思いたい。しかし、旧記が書かれたのが江戸時代の後半になってからということを考えると、かなりフィクションが混じっている可能性も高い。

今の所、文献などからは旧記登場の清右衛門に相当する人物の存在はわかっていないらしい。


果たして、旧記の清右衛門はどこにいたのか、墓の清右衛門はだれなのか。
答えは、記録の発掘を待つしかなさそうだ。

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・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
・職業   NPO法人石見銀山協働会議副理事長

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