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    2020-12-31 10:04:59 | おーい!中村です!!

腑に落ちる


 考古の達人としばしば飲む。30年来、大半はただ呑んだくれているのだが、勉強になることも多い。

 

 先日も、すとんと腑に落ちる話があった。それは、静間川と三瓶山と中世以前の人々の暮らしについて。

 

 大田地区の古代、中世は、静間川を軸にして考えると良い。流域に広がる平野が農耕地帯として富を生み、それを握った勢力が長久町稲用を拠点とした。平野の最も上流にあたる川合がもうひとつの拠点で、ここには静間川の水源である三瓶山をまつる物部神社が置かれた。三瓶、川合、長久、そして河口の静間、鳥井という流れで捉えると、神社や遺跡の意味が見える。三瓶川はこの軸になっておらず、基本は静間川。

 

 静間川の河口に近い平ノ前遺跡で首長級の古墳などで見つかる金銅製空玉が出土したことも、川を軸に考えるとそこに有力者がいた理由につながる。

 静間川は邇摩郡と安濃郡の境でもあるので、役所的なものもあり、ここに重要な遺跡が集まるのは偶然ではない。

 

 静間川は稲用、延里の平野で銀山川と合流するが、この源流部にも重要な遺跡がある。水上の三滝神社跡がそれで、水源をまつると同時にあの場所は安濃郡と邑智郡の郡境にあたる(祖式は邑智郡)ので、結界としてまつる意味もある。そして周辺が白杯で、白い杯は祭祀具。その土地にある粘土を使って祭祀用の杯を作り、まつっていた。まつりの場であり、郡境の役所機能を持っていたのが白杯遺跡。今の地理で考えると奥地だが、当時は重要な場所。

 

 なるほど、現在の地理では見えないことが視点を変えると見えてくる。すとんと腑に落ちる話であった。

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プロフィール

・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
・職業   NPO法人石見銀山協働会議副理事長

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