2020年6月のエントリー



    2020-06-23 11:22:11 | おーい!中村です!!

大田の晩市





大田の漁港では夕方に市が開かれる。晩市、または夕市という。

大田沖は、江の川がもたらす栄養分と海水が出会う豊かな海域である。さらに沖では、暖流と寒流が交錯し、魚種も豊富である。
その漁場は港から近く、朝、出漁した船は夕方、日没の頃までには港に戻ることができる。「一日漁」と呼ばれる形態だ。

その獲れたての魚が市にかけられる。日本全国を見回しても、これほど新鮮な魚が市に集まる町はそうそうないだろう。稀有の存在である。

晩市が終わると、遠方の市場へ向かうトラックが出発する。大阪はもちろん、東京の豊洲市場へも翌朝までに到着できる。前日の日中に獲った魚が、翌朝には都市部の市場で競りにかけられる。この時点で24時間が経過していない。

一般的な朝市の場合はどうか。
前日、前夜の魚が市にかけられる。そこから運搬して翌日、都市部の市場に到着する。都市部での競りの時点ですでに24時間以上。

大田の港は、東京、大阪に魚を運ぶには実距離、時間距離のいずれも圧倒的に不利な条件にある。しかし、晩市によって距離の不利は消え、どこよりも新鮮な魚を届けることができる。出荷量は決して多くないため、全国区のブランドにはなり得ていないが、目利きがこだわる「知る人ぞ知る逸品」という。大田の産業の「キラーアイテム」のひとつが、晩市なのだ。

近年、これを活かす取り組みが盛んである。大田の魚のブランド価値が高まれば、漁業全体の活性化にもつながるだろう。
首都圏発信の情報は、マグロ、マグロともてはやすが、山陰の四季折々の多様な魚種、繊細で変化に富んだ味には及ぶまい。その味を知らしめ、多くの人に価値を認識してもらう旗手の役割を果たすことができるのは、大田の晩市の魚である。

よもや、山陰の魚全体の価値を高める機会を失うようなことがあってはならないだろう。晩市を活かすことが、島根の魚を活かすことにつながるのだから。

コメント(3件) コメント投稿


50年前に五十猛に住んでいたのですが 夕方になると魚市場から童謡のかわいい魚屋さんが流れていました。船が漁港に帰ってきた知らせだったのかな?
懐かしいで曲です。その当時は晩市という言葉は知らなかったですが 貴重な晩市なくして欲しくないですね。なんとかならないものなんでしょうか?!

by ku〜 ( 2020-07-31 14:47:05 )

貴重な晩市が消えようとしています。横並びの朝市に変えるという本部の方針。ブランド価値が生まれ始め、これからという時に残念なことです。朝出漁して、日没の市で1日の仕事が終わる今の形態は、漁業後継者の新規終了にもメリットがありました。生活リズムが一般の会社とほぼ同じということが就業者にとっての魅力のひとつだったのです。しかし、変更を機に離職する人もあるということで、大田の漁業に暗雲が立ち込めています。

by 中村 ( 2020-06-26 08:18:57 )

 漁港の町に住んでいても、なかなか獲れたての魚が手にはいりにくのに、羨ましいです。近海の魚は、美味しいですよね。

by おばば ( 2020-06-25 09:29:29 )


トラックバック(0件) トラックバックURL:

トラックバックはありません。




ブログトップ

カテゴリ選択

エントリーカレンダー

<<  2020年6月  >>
31 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 1 2 3 4

最近のエントリー

最近のコメント

最近のコメントはありません。

最近のトラックバック

最近のトラックバックはありません。

エントリー履歴

プロフィール

・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
・職業   NPO法人石見銀山協働会議副理事長

会員ページ


rss

携帯サイトアクセス用QRコード

QRコード