エントリー
昔の話題で出ています
29日、妻木晩田遺跡で弥生人が見た風景をテーマに話をします。
妻木晩田の眼下にある淀江平野や弓ヶ浜を調べたのはもはや20年前後も前のこと。
昔の話題で申し訳ないような、それを今ごろ拾ってくれて嬉しいような・・・
かつて、淀江平野を調べたことで、自分なりに山陰海岸の小規模な潟湖のイメージができました。
湖の消長を周辺の遺跡との関わりにあわせて検討したのですが、それを大田の波根湖や浜田の下府平野、益田平野、松江平野など中小の沖積平野と平行して検討していくことで、過去数千年間の沿岸部における地形変化と人類史の相互作用がある程度みえたような気がします。
また、小規模な潟湖埋積型の沖積平野を詳細に見たことで、火山活動と人的開発の影響を受けた出雲平野、大規模な砂嘴型平野の弓ヶ浜、平野が貧弱な江の川河口部といった平野の地形発達の解釈にも参考になりました。
古い記憶を呼び起こしつつ、どこまで話ができるかわかりませんが、その辺りを紹介したいと思っています。
新たな研究は全くしていないので、ほこりをかぶったネタをひっぱりだすのは気が引けますが、拾ってくれるうちは最後の一滴まで出し尽くす覚悟で。
コメント(4件)
コメント投稿山陰道関連の発掘調査で、波根湖、仁万低地に面した丘陵の古墳、横穴墓の調査が進んだようですね。仁万の古墳群は見せてもらいました。印象としては、「これがすべてではないはずだ!」です。ロケーション的に、まだ何かがあると思うのですが・・・
旧波根湖の南岸には段丘堆積物が分布しており、山陰道が通過します。
事前の発掘調査で、遺跡が見つかる可能性もあると思いますが・・・
話がふくらまず、冷や汗をかきながらでした。
今回、日本海沿岸においては、潟湖を中心とするエリアが原始、古代において重要であることをあらためて感じました。
大田でみると、旧波根湖、仁万低地がそれにあたります。静間川河口域もそうかも知れません。
このエリアには、当地の歴史を物語る重要な遺跡がまだまだ眠っていると思います。
これですね。
http://www.pref.tottori.lg.jp/151477.htm
もう少し早く知っていれば・・・と残念な気持ちです。

