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    2018-05-16 21:24:29 | おーい!中村です!!

トリス


開高健(1930~1989)という小説家が好きで、学生の頃にその作品のほぼ全て、短編から寄稿文まで一言一句ももらさぬ構えで読んだ。

開高は寿屋(現サントリー)の広告部時代に「トリスを飲んでハワイへ行こう」などのコピーで一世を風靡し、その後文筆業に進んだ人物である。

その作品にはしばしば酒場が登場する。随筆では、寿屋時代に広告を手がけた「トリスバー」のことが書かれている。昭和30年代、高額だった洋酒を庶民の手に届けることを目指して寿屋が全国展開した店だ。

小説家の筆にかかると、行間からバーの扉のない画に充満していた高度成長期の熱気と混沌、路地裏の匂いまでが感じられるように思われ、自分が生まれるより何年か前の時代の風景が脳裏に浮かぶようであった。

そのトリスバーに出会った時は驚いた。
もはや歴史の中のことと思っていたので、意表を突かれた思いだった。

大田で暮らし始めて間もない頃、「お勧めの店があるから。」と知人がそこへ連れて行ってくれた。扉を開けると、店内には昭和の気配が漂っていると思われた。店名からもしやと思い尋ねてみるとそのもしや。寿屋が展開したトリスバーのひとつだという。全国的にも残っている店が少ない中で、店主も店名も変わらず続いているのは唯一だという。

ボトルが並ぶ棚には、開高健の僚友、柳原良平が描いた「トリスおじさん」の人形がちょこんと置かれている。随筆の行間に紛れ込んだかのような錯覚にとらわれ、酔いに霞んだ目でカウンターの端をみると、小説家がひょいとグラスを持ち上げた気がした。

大田にはこの店のファンが少なくない。思い入れの理由はひとそれぞれだが、店の雰囲気と店主の人柄に惹かれていることはファンの共通項だ。懐古趣味で行き始めたわけではなく、昔からの行きつけの好きな店だから今も行くという人が多い。「何も足さない、何も引かない」というサントリーの名コピーがあったが、まさにそのまま、店も客も変わらず、成熟の時だけが流れ今に至っている。

半世紀変わらぬ店が一軒ある。
ただそれだけのことなのだけど、この店があり、この店に集う人がいう大田の街が面白い。

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・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
・職業   大田の自然史案内人

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