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    2018-05-25 22:32:28 | おおだスタイル(素原稿)

三江線徒歩の旅


 数人の仲間と共に、江津駅から三次駅まで三江線の沿線全区間を歩いた。1回5駅程度の区間を、片道は列車に乗り、片道は歩くことを繰り返して約2年かけて完歩した。この計画を立てたちょうどその頃に「三江線廃線へ」の第一報が報じられ、図らずも廃線惜別の熱の高まりを横目に見ながらの徒歩になった。

 悠然と流れる江の川の河岸を鉄路が這うように続く様を、車窓と地上の両方から眺め、この路線が消えることを残念に思ったが、同時に存続の夢を描くことの難しさも垣間見えた。歩きながら、観光列車として残す道はないだろうかなどと話したが、歩みを進めるほどに路線が地域の動線軸としての役割を終えかけている気配を感じるばかりであった。

 かつて江の川は日本海の海運と中国山地の産業をつなぐ大動脈だった。流域の町には、宿場や中継地として栄えた時代の面影が残る。明治時代以降、それまで舟や人馬が果たしていた運送の役割が鉄道へ移行した時、江の川ではその導入が遅れた。両岸が切り立つ地形、炭などの主力産業が衰退する時期と重なったことなどの事情があっただろう。加えて三江線が全線開通した昭和50年には、すでに陸上物流の主役は自動車に替わってきていた。結果、沿線では駅を中心とした町の再編が進みにくかったのではないか。駅と町がどこかちぐはぐで、鉄道が軸になりきれていない印象を受けた。

 歩きながら、「もしも・・・」と想像する。三江線の開通がもっと早ければ、沿線の風景と路線の運命は違っていただろうか。何があれば、観光路線として存続する未来があったのだろうか。考えはその先に進まないが、気になる景色に出会う度に同じことを考えた。

 自分自身の生活は、三江線とはほとんど縁がなく、過去に数回乗ったことがある程度だった。しかし、歩いたことで少しだけ身近に感じることが出来たと思う。ひるがえって、歩くことは地域を考える第一歩だという思いを新たにした35駅の旅だった。

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