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    2019-03-21 00:17:27 | おーい!中村です!!

千葉時代


46億年にもおよぶ地質時代には、時代ごとに細かく名称が付けられている。
まだ、名称が決まっていない時代もいくつかあって、それが約77万〜約12.6万年前の「新生代第四紀更新世中期」である。


この時代が「千葉時代(chibanian)」となることがほぼ決まったという。
地質時代の名称には、その時代を代表する地層が見られる場所の地名が採用されることが多い。
更新世中期を代表する地層が千葉県にあるということが、国際的に認められたということで、日本の地名が地質時代の名称になるのは初めてとなる。


千葉時代と日本との関わりは地名だけでない。
更新世中期の始まりとされる約77万年前は、地球磁場が逆転し、磁場が現在の向きになった時が区切りとなっている。それより前は、方位磁石が逆を示していた(その時代にあれば、だが)のだ。


その地磁気の逆転現象を提唱したのが日本の地球物理学者松山基範氏であり、地球磁場の向きに基づく時代区分では約240万〜約77万年前に「松山(逆帯磁)期」という名称が付いている。
「約77万年前」という地質時代の区切りに、日本人の名と、日本の地名が関わることになるのだ。


松山基範氏は、1884年に大分県宇佐市で生まれ、山口県下関市で尋常小学校、尋常中学校時代を過ごし、広島高等師範学校を卒業後、教師を経て京都帝国大学で物理学を学んだ人物である。その後、京都大学教授、山口大学初代学長を歴任し、学長在職中の1958年に亡くなった。


地磁気を測定する機器を自作して、豊岡の玄武洞をはじめ各地の火山岩に残された地磁気の化石(残留磁気)を測定し、現在と逆の方向を示すグループがあること、それが特定の時期に噴出したものであることから、時代によって磁場が逆転していたことを提唱した。


当時は、磁場が逆転するなど誰も想像すらしない時代で、松山氏の論文は相手にされなかったが、粘り強く研究を続け、また他の研究者からも地磁気逆転を示す証拠が提唱されるようになり、ついには地球物理学の歴史に名を残す大発見と評価されるようになったのだが、研究が評価された時にはすでに鬼籍の人となっていた。


自分が大学1年の時、「地史学」の講義で先生が「地質学と地球物理学の分野で唯一世界で使われている日本人の名前がMatsuyamaだ。」と語った。普段はぼんやりと聞いていたのだが、その時ははっとした。
高校の時の地学の先生が、ほぼ同じことをやはり熱く語っていたことを思い出したのだ。
松山氏が通った尋常中学校は、後の豊浦高校、自分が通った高校の前身だったのである。


昨夏、企画展を担当することになり松山氏の紹介を加えた。いつか何らかの形で紹介できればと思って持っていた松山氏の著書を資料として加え、わずかながら地質学に携わった身として、高校時代からの宿題をようやく終えたような気がした。展示を担当する最後の機会にちょうど千葉時代の命名可能性が話題になるという幸運に恵まれた。


高校3年の時、「本校始まって以来、お前のような不出来な者を卒業させたことはない!」と栄誉ある評価をいただいた劣等生が、「本校が世界に誇る研究者」を紹介するという、松山基範氏にとっては迷惑な話だっただろうが、これも縁であろうか。


千葉時代の正式決定が待ち遠しい。




松山基範の著書、今始庵だより
松山基範氏が自費出版した本。発行部数が少ない貴重品。




松山基範氏が10代を過ごした下関市清末の高林寺の山門。ここから旧制中学校まで片道9km弱の距離を、毎日歩いて通学した。




高林寺境内に建つ顕彰碑。

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・氏名   中村唯史(なかむらただし)
・生年月日 1968年2月29日
・住所   島根県大田市
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