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    2009-09-23 16:59:56 | 美術館スタッフから

もう1つの戦犯釈放


先日TVで「戦場のメロディー」を見て、渡辺はま子さんのご活躍に感動いたしました。もちろん涙・涙で・・・(>_<)

が、これより以前にフィリピン戦犯釈放問題に力を注いだ人物が他にもいる!という事を皆さんにも知ってもらいたいという気持ちがドンドン大きくなり、ブログに書いてみようと思いました。その人物とは安来市広瀬町出身の加納辰夫(画号=莞蕾)という画家です。辰夫氏は昭和24年から目的を達成させるまで、生活をなげうって釈放運動に傾注しました。その背景には自らが従軍画家として前線での悲惨さを体験。世界の恒久平和の貴さを実感すると共に、生来の正義感、深遠な情熱が大胆な行動力を生み、当時、通産省通商監であった小滝彬(仁多出身)のアドバイス「相手が誰であろうとかしこまらないで単刀直入にぶつかれ。書簡の書き出しもミスタープレジデントでいい」の激励も後押しとなり、キリノ大統領に直接届けられた書簡は四十数通に及び、他にローマ法王・マッカーサー元師・インドのネール首相にも訴えた書簡は300通以上に及び、ついにキリノ大統領が日本人戦犯108名の釈放を全世界に表明しました。

私が皆さんに分かって貰いたいのは、戦犯問題に取り組んだのは渡辺はま子さんだけではなく多くの人がこの問題に関わっているという事!加納辰夫もその中の1人です。渡辺はま子さんは歌で・・加納辰夫は嘆願書を送り続けて釈放へと導いた功績を持っています。加納美術館ではそれらの書簡を展示し、1955年にキリノ大統領が来日された際に東京帝国ホテルで面会。握手をしている辰夫の写真があります。戦犯釈放の嘆願が成就するまでは絵を描くことが出来ないと言い続けていました。辰夫の嘆願書の中に「もし成就されるならば、神に捧げられた閣下の愛児の姿を救いの天子として画布の上に不朽にとどめたい」とあります。後日、辰夫は大統領と残された家族の写真を入手し、キャンパスに描いて贈呈したと言われています。

調べてみると加納辰夫の功績は当時新聞でも取り上げられています。島根県安来市の小さな村から戦犯釈放問題に取り組み、目的を果たしたという功績は次世代にも伝えて行かなければならないと私は思います。


 

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コメント(2件) コメント投稿


先日は遠路お越しいただきありがとうございました。日韓交流も皆様のような下支えがあればこそです。韓国の方にもご満足いただければ幸甚です
7月より展示品を入れ替え「藤原啓、雄親子展」と7,8月は「加納莞蕾没後33年特別展」を開催いたします。
またのお越しをお待ちしております。ありがとうございました。

by 美術館のおばさん ( 2010-06-29 12:47:33 )

雨降り続きます島根でございますが、先日は雨の合間に韓国より來県の御客

と共に貴美術館ご訪問致しましたタクシー運転手でございます。

多少なりとも観光の仕事にたずさわりながら加納辰夫氏を存知上げなかった自身を恥じて居ります。

懇切丁寧なご案内まことに有難うございました。          拝

by miraku300 ( 2010-06-29 10:19:55 )


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